ミュージカル「Aikitu」脚本

第一幕 第四場 その2(家名と決心)科学の夜明け{愛橘二十才}愛橘B 伴奏音楽5 憧憬
 
美稲 立派な侍を必死で目指していた愛橘が12才の頃、明治維新が起こって、あっという間に侍の世は終わりました。「ザンギリ頭をたたいてみれば文明開化の音がする」といわれた明治になると、日本は大きく変わって大混乱。父達お侍は失業に苦しみました。
 その頃東京に出た愛橘の父稲蔵(とうぞう)は、もう刀の時代ではない。世の中が変わった。これからは何をおいても、新しい学問が一番の時代だと気づきました。
ミーネ そして博士が16才になった時。お父さんの稲蔵は福岡の家や土地を全部売り払い、一家を東京によんだの。全財産をかけて子供達に新しい教育を受けさせる為にね。
美稲 日本は西洋に追いつき、追い越せと躍起な時代でした。すべての学問は西洋一色。愛橘は刀も馬術も漢文も捨てて、全てを一から学び始めました。これからは英語の時代だと外国人から英語を学び、慶応義塾や外国語学校にも入ります。
 ところが、父は勉強のしすぎから胸を患います。しかしそれでも勉強をやめません。体の為に、「にがい」肝油を飲み続けて頑張りました。肝油をご飯にかけ、みそ汁に入れ、さらにはそのまま飲み続け、とうとう自分で病気を治したといいます。
 こうした苦労の末、遂に父が21才の時、東京大学の前進である開成学校に合格しました。
修斗 うわぁ。肝油って何?。にがいのをごはんにかける?まずそう。うぇー。
ミーネ でも博士は、その肝油で病気を治したのよ。
幸子 肝油で?それだけで病気が治るの?嘘でしょう?
ミーネ あのね、博士がお亡くなりになったとき、学問の為にと献体をして、解剖されているの。
元気 えっ?解剖しちゃったの。あんなしわくちゃ爺さんを。
未来 黙って!(ぴしゃり)失礼よ!
ミーネ 解剖した胸には病気のあとが残っていたと記録にあるわ。博士は病気を気力で乗り越えて、東京大学に合格したのよ。
修斗  東京大学。東大かぁ、すごいなぁ。・・・でもさぁ。21才で合格ってことは・・・。4年ぐらい浪人したのか。(明るく)なぁんだ。驚いて損しちゃったぁ。
ミーネ とんでもない!。愛橘博士は小学校だって出ていないのよ。
恵美  えっ?。小学校も出ていなくて、どうして東大に入れるの?でたらめよ!。
ミーネ いいえ。小学校教育は明治5年に始まったの。だから博士が子供の頃小学校はなかったの。
修斗 あ、そうか。それで東大合格なんて!。(明るく)・・・・すごいなぁ。
未来 本当ね。愛橘博士は必死で、命がけで勉強したのね
 
ミーネ その頃は優秀な人材には国が学費を払って勉強させたの。日本が一日も早く西洋諸国に追いつくためにね。だから試験はとても厳しかった。たった一度試験に落ちると落第。二度落とすと退学になった。
恵美 そんなに厳しいテストがずっと続くなんて!恵美だったら気が遠くなっちゃうわ。
ミーネ 愛橘博士と一緒に入学したのは90人以上。でも卒業できたのは32名。ちなみに博士は東京大学になってからの、初めての卒業生なのよ。
元気  たった3分の1?。それじゃぁ、東大を卒業しただけでもすごいんだ。
ミーネ そうね。今よりはずっと厳しかった。博士ははじめ「お国の為に立派な政治家になる」つ
もりだった。けれど、二年間大学「予科」で基礎を学んだあと、いよいよ四年間の「本科」
専攻を選ぶ時になって、博士はとっても悩んだの。
幸子 博士は政治家になりたかったんでしょう。どうしてそんなに悩んだの。
ミーネ 博士はだれもやろうとしない物理学が、政治家になるよりも、遥かに国の為になると気がついたの。だから博士は勉強をすればするほど、物理学に進みたいと思ったの。
でも、その頃は物理学は何の役にも立たない、一番「儲からない」学問だと思われていたの。きっと物理に進むのは、お父さんに反対されるだろうって思ったのね。博士は悩んだ末に、お父さんに手紙を書いたのです。
 
(愛橘ピンスポット・片手に手紙を持っている)
愛橘 物理学はただの知識学問ではない。実用性の高いものだ。いわば実用流の学問だ。すかも、いままで日本さば物理学は無かった。だから日本が今西洋に一番遅れてるのは物理だ。
俺は・・。物理でお国の役に立ちたい。物理がやりたい!だども・・・ここまで学ばせてくれた父や家族を裏切る事さなってしまう。
(筆を取り出し、手紙を書き出す) 「父上様。もし愛橘が物理を選べば家名を上げる事はできませんが、愛橘は物理で国のお役に立ちたいのです・・・。」
(読むのを止め)よす、おれは肝を据えたぞ。これで許しが貰えない時は仕方ない。やるだけやってみんべ。「求めよさらば与えられん」だ。
(稲蔵ピンスポット・手紙持っている)
稲蔵  「そうか。息子は学問でお国の役に立ちたいか。うむ。愛橘、家名などさばこだわるな。家名のあがる上がらねは、自然さ任せればいがべ。会舗社の教えを忘れねで、やるべき事をす(し)っかりとやっていれば、それでいいのだ。物理学を選ぶのもいがべ。たんだ、やるからには命懸けです(し)っかりやれよ。」
 
美稲 やっと父の許しを得て、物理学に進める愛橘は喜びました。でも今度は、それを聞いた友人がこう言いました。「おい、止めたまえ、物理や天文を選んで、どうやってめしを食うんだ。」これに父はムッときて答えました。
「なぁに。飯は箸と茶碗で食べるすけ!。心配(すんぱい)無用!。」
  
ミーネ というわけで、博士は東京大学理学部本科に進みました。でも、当時の設備や内容は、本当に未熟で、実験室さえ、まだ無かったの。そんな状態でどうやって教育できたか不思議な位よ。
しかも、多くはお雇いの外国人が先生。だから教科書は原語、授業は英語で行われたの。
修斗 え〜。英語で授業?教科書も英語?
恵美 昔の大学ってとんでもなかったのね。すごすぎるよ。
 

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