ミュージカル「Aikitu」脚本
第二幕 第十場 その2(キヨの死) | |
美稲 |
新婚時代の愛橘。当時はまだ珍しかった自転車で、愛橘は毎朝大学に出勤していました。それを笑顔で見送る新妻キヨ子の姿は学生たちの評判になり、愛橘はよく冷やかされたといいます。つつましやかな、けれど幸せな日々でした。 そして、その10日後・・。 |
愛橘 | 今戻った!。(下手声のみ) |
お菊 | ああ、旦那さまお急ぎ下さい。奥様が!。(下手へ迎えに走る) |
愛橘 | うむ。キヨはよほど悪いのか!。 |
お菊 | 先ほどから急に様子がおかしくなって、それでお知らせを。 |
愛橘 | すまながった。んだ、赤ん坊は、美稲は大丈夫か。 |
お菊 | とにかく、こっちゃ、はやぐこっちゃさ! |
(キヨ子臨終の床、枕元には生まれたばかりの美稲) | |
愛橘 | キヨ、聞こえるか。 |
キヨ子 | ・・・・・・・ |
愛橘 | キヨ子、気を確かにせぃ!。 |
キヨ子 | あっ。・・・先生。 |
愛橘 | (やさしく)大丈夫か、・・・どうなった。 |
キヨ子 | 申しわげありません。先生、申しわげ・・・。 |
愛橘 | 何を謝る。何も悪いごとしてねぇべ。 |
キヨ子 | わだし、この子さ、美稲さ、乳飲ませでやれながんす。許してがんせ。 |
愛橘 | なあに、元気になればなんぼでも飲ませでやれる。はやぐ元気になれ。 |
キヨ子 | (力無く首を振る。) |
愛橘 | そったら弱気でぁわがねぇ(ダメだの意味の方言)。早く元気さなって、まだ白髪ぬいでけろ。うん? |
キヨ子 | すみません・・。どうが、ゴホッゴホッ・・。 |
愛橘 | だいじょぶが?あんまりしゃべらねで休め。 |
キヨ子 |
(首を振る。)キヨは大学の博士さんのお嫁さんでしあわせでがんした・・。 (やがて寝ている美稲を抱き寄せ)お願い申します。どうか、この子が、美稲がおっきくなったら、やっぱり博士さんのお嫁さんにしてやってくだせ。お願い申します。 |
愛橘 | 何を言う。美稲は生まれだばりだべ。お前が居なくて誰が育てる。 |
キヨ子 | キヨはあなたさんのお嫁さんでしあわせ・・。 |
愛橘 | キヨ、しっかりしろ! |
お菊 | 奥様!、奥様!。大変だ、お医者様を、お医者様を!(走り去る) |
伴奏音楽9 永訣 | |
キヨ子 | ・・・・お願い申します。美稲は学者さまのお嫁さんに……。 |
愛橘 | (キヨの死を悟り)わかった。・・もう何も言うな。必ず学者の嫁にしてやる。(美稲を抱き抱える)わしが美稲を立派な娘に育ててやるすけ。なんも心配すぅな。 |
キヨ子 | ありがどございます。・・美稲を・・・お願いしやんす。どうが美稲を・・。 |
愛橘 |
キヨ子!。(美稲を抱いたまま、上を向き涙をこらえる。) ・・・・美稲。早く大きぐなれ。・・・・おっきぐなって、母さんの分も白髪抜いでけろな。 |
(やがてF.O.) | |
美稲 |
(ピンスポット)私が命を授かったその十日後、母キヨ子は天国へ旅立ちました。乳飲み子の私を残された父でしたが、その後再婚する事はありませんでした。 96才までも生きた父の人生なのに、その中でたった一年の間だけが、母と父とに与えられ た時間でした。 それから2ヶ月後、まだ首も座らない私を残し、父は地磁気測量のために長い旅に向かいます。その時愛橘は、北海道の空の下で、亡き妻を思い歌を残しています。 「家思う 心移して 国のため つくせといいし 妹はいつくに」(F・O) |
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