ミュージカル「Aikitu」脚本

第二幕 第十場 その2(キヨの死)
 
美稲

新婚時代の愛橘。当時はまだ珍しかった自転車で、愛橘は毎朝大学に出勤していました。それを笑顔で見送る新妻キヨ子の姿は学生たちの評判になり、愛橘はよく冷やかされたといいます。つつましやかな、けれど幸せな日々でした。
そして明治27年3月5日私は誕生しました。これを喜んだ父は、祖父稲蔵から、稲の一字をもらい、美しい稲と書きました。「田中舘美稲」私はそう名付けられました。

そして、その10日後・・。

 
愛橘  今戻った!。(下手声のみ)
お菊  ああ、旦那さまお急ぎ下さい。奥様が!。(下手へ迎えに走る)
愛橘 うむ。キヨはよほど悪いのか!。
お菊 先ほどから急に様子がおかしくなって、それでお知らせを。
愛橘 すまながった。んだ、赤ん坊は、美稲は大丈夫か。
お菊 とにかく、こっちゃ、はやぐこっちゃさ!
 
(キヨ子臨終の床、枕元には生まれたばかりの美稲)
愛橘 キヨ、聞こえるか。
キヨ子 ・・・・・・・
愛橘 キヨ子、気を確かにせぃ!。
キヨ子 あっ。・・・先生。
愛橘 (やさしく)大丈夫か、・・・どうなった。
キヨ子 申しわげありません。先生、申しわげ・・・。
愛橘 何を謝る。何も悪いごとしてねぇべ。
キヨ子 わだし、この子さ、美稲さ、乳飲ませでやれながんす。許してがんせ。
愛橘 なあに、元気になればなんぼでも飲ませでやれる。はやぐ元気になれ。
キヨ子  (力無く首を振る。)
愛橘 そったら弱気でぁわがねぇ(ダメだの意味の方言)。早く元気さなって、まだ白髪ぬいでけろ。うん?
キヨ子 すみません・・。どうが、ゴホッゴホッ・・。
愛橘 だいじょぶが?あんまりしゃべらねで休め。
キヨ子 (首を振る。)キヨは大学の博士さんのお嫁さんでしあわせでがんした・・。
(やがて寝ている美稲を抱き寄せ)お願い申します。どうか、この子が、美稲がおっきくなったら、やっぱり博士さんのお嫁さんにしてやってくだせ。お願い申します。
愛橘 何を言う。美稲は生まれだばりだべ。お前が居なくて誰が育てる。
キヨ子 キヨはあなたさんのお嫁さんでしあわせ・・。
愛橘 キヨ、しっかりしろ!
お菊 奥様!、奥様!。大変だ、お医者様を、お医者様を!(走り去る)
 
伴奏音楽9 永訣
キヨ子 ・・・・お願い申します。美稲は学者さまのお嫁さんに……。
愛橘 (キヨの死を悟り)わかった。・・もう何も言うな。必ず学者の嫁にしてやる。(美稲を抱き抱える)わしが美稲を立派な娘に育ててやるすけ。なんも心配すぅな。
キヨ子 ありがどございます。・・美稲を・・・お願いしやんす。どうが美稲を・・。
愛橘 キヨ子!。(美稲を抱いたまま、上を向き涙をこらえる。)
・・・・美稲。早く大きぐなれ。・・・・おっきぐなって、母さんの分も白髪抜いでけろな。
 (やがてF.O.) 
 
美稲 (ピンスポット)私が命を授かったその十日後、母キヨ子は天国へ旅立ちました。乳飲み子の私を残された父でしたが、その後再婚する事はありませんでした。
96才までも生きた父の人生なのに、その中でたった一年の間だけが、母と父とに与えられ
た時間でした。
それから2ヶ月後、まだ首も座らない私を残し、父は地磁気測量のために長い旅に向かいます。その時愛橘は、北海道の空の下で、亡き妻を思い歌を残しています。
   「家思う 心移して 国のため つくせといいし 妹はいつくに」(F・O)
 

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