第8場(曲) 永訣{愛橘三十七才}
*M11・in | ―――― 音楽8 喜び ――――― | |
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美稲 |
明治24年7月、愛橘は理学博士となりました。東大教授として日本の物理学を教え導く立場です。一方で、地磁気測量の為に全国を駆け回っていた愛橘ももう37才でした。 それから、母キヨ子との新婚生活が始まりました。この頃から目立ち始めた愛橘の白髪を、時々抜いてやるのが母の仕事でした。 |
私の誕生を喜んだ父は、祖父稲蔵から稲の一字をもらい、美しい稲と書きました。 「田中館美稲」私はそう名付けられました。そして、その10日後・・。 |
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愛橘 | 今戻った!。(下手声のみ) |
乳母 | ああ、旦那さまお急ぎ下さい。奥様が!。(下手へ迎えに走る) | |
愛橘 | うむ。キヨはよほど悪いのか!。 | |
乳母 | 先ほどから急に様子がおかしくなって、それでお知らせを。 | |
愛橘 | かたじけない。そうだ、赤ん坊は、美稲は大丈夫か。 | |
乳母 | とにかく、こちらへ、こちらへ!。 | |
愛橘 | キヨ、聞こえるか。(キヨ子臨終の床、枕元には生まれたばかりの美稲) | |
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キヨ子 | ・・・・・・ |
愛橘 | キヨ子、気を確かにせんか!。 | |
キヨ子 | あっ。・・・先生。 | |
愛橘 | (やさしく)大丈夫か、・・・どうなった。 | |
キヨ子 | 申しわげありません。先生、申しわげ・・・。 | |
愛橘 | 何を謝る。何も悪いごとしてねぇべ。 | |
キヨ子 | わだし……。この子に乳を飲ませでやれません。 | |
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愛橘 | なあに、元気になればなんぼでも飲ませでやれる。はやぐ元気になれ。 |
キヨ子 | (力無く首を振る。) | |
愛橘 |
そったら弱気でぁわがねぇ(ダメの意の方言)。 早く元気さなって、まだ白髪ぬいでけろ。うん? |
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キヨ子 | すみません・・。 | |
愛橘 | どうした?・・・・あんまりしゃべらねで休め。(キヨ子の涙に愛橘悟る) | |
キヨ子 | (首を振る。)キヨは大学の博士さんのお嫁さんでしあわせでがんした・・。 | |
(やがて寝ている美稲を抱き寄せ)お願い申します。どうか、この子が、美稲がおっきくなったら、やっぱり博士さんのお嫁さんにしてやってくだせ。 お願い申します。 | ||
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愛橘 | 何を言う。美稲は生まれだばりだべ。お前が居なくて誰が育てる。 |
キヨ子 | キヨはあなたさんのお嫁さんでしあわせ・・。 | |
愛橘 | キヨ、しっかりしろ! | |
乳母 | 奥様!、奥様!。大変だ、お医者様を、お医者様を!(走り去る) | |
キヨ子 | (手を合わせ)・・・・お願い申します。美稲は学者さまのお嫁さんに……。 | |
愛橘 |
わかった。もう何も言うな。必ず学者の嫁にしてやる。 (美稲を抱き抱える) わしが美稲を立派な娘に育ててやるすけ。何も心配するな。 |
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キヨ子 | ありがどございます。・・美稲を・・・お願い申します。美稲・・。(ガクリ) |
愛橘 | キヨ子!。(美稲を抱いたまま、上を向き涙をこらえる。) | |
・・・・・美稲。早く大きぐなれ。 | ||
・・・・おっきぐなって、母さんの分も白髪抜いでけろな。(やがてF.O.) | ||
(音楽演奏メイン)――― 音楽 9 永訣)―――*M12・out | ||
美稲 | 私が命を授かったその十日後、母キヨ子は天国へ旅立ちました。乳飲み子の私を残された父は、その後再婚する事はありませんでした。96才まで生きた父の人生の中で、たった一年の間だけが、母と父とに与えられた時間でした。 | |
それから2ヶ月後、父は地磁気測量のために北海道へと長い旅に向かいます。北海道の空の下で、父は亡き妻を思い歌を残しています。 「家思う 心移して 国のため つくせといいし 妹はいつくに」 (F・O) |
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